Info:ndljp/pid/1720139/16

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れもイタヅラ盛《ざか》りの連中《れんちう》でした。或時《あるとき》今日《けふ》はお師匠《しゝやう》さんも不在《ふざい》で、天下《てんか》太平楽《たいへいらく》と、師《し》の居間《ゐま》に入《はい》り込《こ》んで、角力《すまふ》をとる、鬼《をに》ゴツコをやる、無礼講《ぶれいかう》の大騒《おほさわ》ぎでした。其《そ》のうち誰《だ》れか主唱《となへる》ともなく、爪《つめ》くらべが始《はじ》まりました。其《それ》は爪《つめ》の硬《かた》いものが勝《かち》となる遊《あそ》びです。一人《ひとり》が蝋石《らうせき》で作《つく》つた兎《うさぎ》を師匠《しゝやう》の机《つくゑ》の上《うへ》から取《と》つて来《き》て、其《そ》れに爪《つめ》でキヅをつけてどうだと自慢《じまん》しました。次《つぎ》の小僧《こざう》は石膏《せきかう》の結晶《けつしやう》が置物《おきもの》にしてあつたのを取《と》り出《いだ》し、それに小《ちひ》さな爪跡《つめあと》を立《た》てて得意《とくい》でした。然《しか》し此《こ》の辺《へん》までの品物《しなもの》なら、誰人《だれ》にもきづがつけられました。が、第《だい》三に出《で》た者《もの》は銅貨《どうくわ》にキヅをつけて見《み》せました。手際《てぎは》如何《いかが》と寄《よ》り集《あつ》まつてゐた坊主頭《ばうずあたま》は此時《このとき》一|斉《せい》に開《ひら》いて、ヤアヱライナーと嘆称《たんしよう》をもらしました。処《ところ》が第《だい》四はこれ以上《いじやう》であつて、硝子《がらす》に何《なん》の苦《く》もなく、スースウとキヅをつけて見《み》せた。此《この》意外《いぐわい》の爪《つめ》の持主《もちぬし》が現《あら》はれて、一|同《どう》は今日《けふ》の優勝者《いうしようしや》を此者《このもの》に決定《けつてい》しやうとしてゐたら、其時《そのとき》一人《ひとり》の小僧《こざう》が、水晶《すゐしやう》の玉《たま》をどこからか探《さが》し出《だ》して来《き》て、これにキヅがつくかやつて見《み》よと其《その》優者《いうしや》に提案《ていあん》しました。今《いま》将《まさ》に優勝者《いうしようしや》と決《き》まらうとした小僧《こざう》は、早速《さつそく》其《その》球《たま》を手《て》にとつて爪《つめ》を立《た》てたが、今度《こんど》は硝子《がらす》のやうにはゆかない。イクラやつてもキヅがつかなかつた。のみならず余《あま》り夢中《むちう》になつてやつてゐましたら、爪《つめ》の先《さき》から黒《くろ》い短《みぢ》かい針《はり》の折《を》れのやうなものがとれて落《お》ちました。皆《みな》はヤア此《こ》んなものを隠《かく》してあつたんだ、ヅルイヅルイと、大騒《おほさわ》ぎを始《はじ》め出《だ》した。それは小刀《ナイフ》の破片《かけ》であつた。これをうまく爪《つめ》の間《あひだ》にかくして、此《この》小僧《こざう》は、今日《けふ》の勝負《しようぶ》に勝《か》とうとたくらんでゐたのでした。

 金剛石丸《こんがうせきまる》は一|座《ざ》の隅《すみ》に、黙《だま》つて此《この》騒《さわぎ》を見《み》てゐました。彼《かれ》は仲間《なかま》では最新入生《さいしんにふせい》であつたのです。「オイ新前《しんまへ》、オ前《まへ》も一《ひと》ツやつてみろヤイ」と、憎《にく》らしい小僧《こぞう》が、金剛石丸《こんがうせきまる》の前《まへ》に銅貨《どうくわ》を投《な》げた。つまらぬ遊《あそび》とは思《おも》つたが、兄弟子《あにでし》の言葉《ことば》を背《そむ》くでもないと、丸《まる》は言《い》はるゝまゝに銅貨《だうくわ》を爪《つめ》で擦《こす》ると、不思議《ふしぎ》にも銅貨《だうくわ》はニ《ふた》ツに切《き》れんばかりになつてしまひました。余《あま》りの意外《いぐわい》に皆《みな》は顔《かほ》を見合《みあは》せてゐたが、例《れい》の憎《にく》らしい小僧《こぞう》は、之《これ》は何《なに》か爪《つめ》に仕掛《しか》けがしてあるなと考《かんが》へたから、新前《しんまへ》の僻《くせ》に生《なま》いきな一《ひと》ツ見破《みやぶ》つてやらうと、先《さき》にヅルイ小僧《こざう》がやつて失敗《しつぱい》した水晶《すゐしやう》の球《たま》を持《も》つて来《き》て、其《それ》にキヅをつけろと難題《なんだい》を言《い》ひかけた。此《これ》にキヅをつけるとお師匠様《しゝやうさま》に叱《しか》られるから嫌《いや》だと彼《かれ》は断《ことわ》りましたが、一|同《どう》はヤアイ出来《でき》ないものだから負惜《まけお》しみをいふなイと罵《のゝし》る。罵《のゝし》られては丸《まる》も子供《こども》です、腹《はら》も立《た》つ余《あま》りに、

<trjpft> 「炭素太功記 : 理科読本」: 前頁 | 次頁 近代デジタルライブラリーの当該頁へ <astyle><gstyle>新字</gstyle><kstyle>旧仮名</kstyle><tstyle>青空</tstyle></astyle> </trjpft>