Info:ndljp/pid/887377/11

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いか」と懷中より金子二百兩取出して義右衞門が前に差置バ、義右衞門ハ涙を拭ひながら「郎君その思召ハ有がたう御座りますが此義右衞門が五十を越て江戸近くに住するも深い仔細有ての事、また貧しうハ見えますれどマダマダ一生涯食ふだけの嗜ハ餘るほど御座りますれバお心遣ひにハ及びませぬ併し大切なる思召の金子改めて貴公にお預ケ申置ますに由て一錢たりとも無駄に遣てハ相成ません今に金子の入用の時が御座りませう」と徳兵衞に預て言聞せたる詞の端々、樣子ありとハ思ひしが心の謎の解兼て徳兵衞ハ翌朝未明に名残惜くも暇を告げて浦賀へハ赴きたり


第二回 永寶丸の船中にて囚人の待遇

小春の空の麗かなるに波も靜けさ浦賀の港出船入船数ある中に一際目立て見えたるハ黑船造りの永寶丸左ながら黑岩の城を海中に浮べたるが如くにぞ見えし。陸にハ船番所の外なる波止塲の邊に二人の武士佇み居たりしが其一人ハ(甲)江戸より當地へ下りたる小役人と覺しき風体いま一人ハ(乙)當地に住居なせる地役人なるべし甲「シテお手前にハアノ永寶丸の船長山田徳兵衞と申すもの慥かに見知て居らるるか乙「イヤ未だ其面体ハ見知りません尤も當浦賀表へハ今度初て入津いたし按針役を以て御用物廻漕の事を奉行所へ届けさせ當人ハ碇を卸すと其儘内御用の趣にて江戸表へ出府いたしたる由なれば面會の折も御座りませぬ次第甲「イカ樣左やうな儀も有うが兎も角も本船へ罷越し御用之趣その徳兵衞へ申談ずると致さうに由て小船の支度申付さつしやい乙「畏て御座ります」と磯邊を見渡せバ一艘の小船に船頭が居眠りをして居たるを見て乙「コリヤコリヤ船頭御用じや其船に我々共を載て沖まで艚參れ」との權柄づくに、船頭は頭を掻ながら「お安い御用でハ御座いますが此船ハさる方の手船で只今その人の來のを待て居ますれバ御免を蒙り何とぞ外船へ御用仰付られ度ございます甲「默れ船頭公儀の御用に持船手船の用捨が有うか達て御用に背に於てハ其儘にハ差置ぬぞ」と笠に掛て言付れど船頭ハ首を打振り「イヤ手船とお斷わりを致す上ハ御番所でも順番の来ぬ内ハ御用にお遣なさらぬが日本國中津々浦々の掟、見ますれバ此磯邊にハ外船も澤山に御座いまするに私の船を是非とも御用船に仰しやり付て下さ

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