Info:ndljp/pid/887377/9

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したハ此義右衛門どの様な事があつても明後年の五月五日に成らいでは明す事ハ成ませぬ併しモシ其前に私しが死んだなら豫て大事の書附ハ封印をして增上寺の方丈どのの手許に預け私しが死だらバ子年の五月五日に成つてから徳兵衛と申すものへお渡下さりませとお願ひ申てあるに由て明日が日に此老奴が死でも知れぬ氣遣ひハ御座りません又尊公が其前に死だなら御身の系図は此老奴がチヤンと尊公の墓石に刻付させて末世末代知れる様に仕ませう程に其お案じにハ及びません」と老の一徹に何事も一旦かうと云ふからハ變替せぬ豫ての氣性、それと知つたる徳兵衛はクドくも言はず「イヤ叟がさう云つしやるを無理に聞うとハ云ふまいソレじやア明後年の五月五日になつたら何事置ても來るほどに義右「其時ハ一部始終この義右衛門めが物語りませう程に夫を樂しみに郎君精出してお稼ぎ成いまし徳兵「段々この信切忝なう御座るが、時に叟よ余ハ折入て貴所に頼み度ことがあるが義右「ハテ希らしい尊公のお頼み身寄と申すハ人目を包む假の言譯まことハ此廣い日本に主一人家来一人の中じやものサア何なりと仰しやりませ義右衛門が身に出来る事なら承はりませう」と立派に言れて徳兵衛ハ少し口籠りけれバ義右衛門ハ事の意を知らねバサアサアサアと詰問ふにぞ徳兵「併し何だか可笑に由てマア止に仕やうよ義右「ハテ怪からぬ口から出し掛て言兼ると云ふハ女子供にある習ひ武士にハ決して無いこと畢竟耻かしいと思ふてなら聞ぬ先から宜よくない事に違ひハ御座るまいソンナ事なら初めから思ひ止る方が宜しう御座る」と氣早き意見に徳兵衛ハ膝を進め「アイヤ左様な惡い所存でも無いが、叟よ決して笑ふて下さるナ、實ハかうだ、恥かしい事ながら此徳兵衛二十の歳までハ船の上に歳月を送り戀と云ふ事を知らなかつたが忘れもせぬ去年の春住吉明神へ参詣なし濱邊の茶店に休息してフト見初めたる一人の女身形ハ左ほど飾らねど由緒あり氣な爪はずれアア可愛い娘だ男に生れた果報にハ此女を女房にと思つたが話しに聞た戀と云ふもので有うと其時はじめて知たりしが群衆の中に見失ひ本意なく下向の其道でソレ喧嘩よと人崩れ傍杖受じと立退く途端に突當つたハ其娘コハ何事と打見れバ三人連の上方武士酒興の上とハ云ひながら娘を捕へて無体の恋慕、尾籠至極と打懲し難儀を救ひし其上で宿所を問へバ堺のはづれ幸なりと途中を守護し其家に送り何なる人の娘かと聞とも <trjpft> 「天竺徳兵衛」: 前頁 | 次頁 近代デジタルライブラリーの当該頁へ <astyle><gstyle>新旧字混在</gstyle><kstyle>仮名遣い混在</kstyle><tstyle>Wikiのみ</tstyle></astyle> </trjpft>